開幕投手
―キャンプ第1クールが終了。WBCもあって調整が早い。
「例年より2、3週間早くやっています。ダルビッシュも言っていたけど、もう(例年の)キャンプ中盤くらいの体になっている感覚です」
―1次候補だった北京五輪以上の熱意を感じる。
「五輪はメジャーの選手が出なかったりするけど、WBCはマジでガチンコ。その魅力ですね。世界中が本気になって、トップクラスの野球人が出てくるガチンコの大会に出たいんです」
―前回大会は日本が優勝。今回のモチベーションに影響はあったか。
「第1回の映像を見て、出れば絶対に自分が成長できると思いました。試合に出る、出ないは関係なく、あの舞台にいるだけで人間的にも野球人としてもすごく成長できる、と僕は思う。WBCに出て、一つレベルアップしたいんです」
―代表には各球団から主力が集まる。
「例えばマー君(田中)も高卒で2年連続で活躍してどういう考えかが聞きたい。言動がすごく大人で、エースになろうとしている姿は見ていて勉強になります」
―自身は巨人のエースとして代表合宿に臨む。
「正直、僕はまだエースと呼ばれるのは早いと思う。5、6年連続で2ケタ勝利を挙げてからだと思います。周りが“今日は内海だから大丈夫”と思う安心感を与える投手がエース。巨人のエースは重いものです」
―今季は上原(オリオールズに移籍)が抜けた。
「あまり口で語らず、背中で語る人。上原さんという存在がエース。一緒にいるだけで安心感があって、いるだけでエースでした。去年は活躍できなかったけど、僕はいつも“上原さんだから勝てる”と思えました」
―上原が去った今季、早くから開幕投手と20勝を目標に掲げてきた。
「上原さんがいなくなったら、グライシンガーじゃなく、僕が柱としてやっていきたい気持ちです。僕の中では一番上にエースがあって、(開幕投手や20勝は)エースになるために一つ一つクリアしていくものです」
―その過程においてもWBCは貴重な経験になりそう。
「巨人のエースになるため、レベルアップの階段を上がっていくうえでも重要な大会だと考えています」
―オフの練習量は群を抜いていた。
「3年連続2ケタ(勝利を)やってきた自信はあるけど、まだまだだと思う。だからこそ人一倍練習しています」
―14勝が過去最多だが、目標は20勝と大きい。
「自分にプレッシャーをかけないと頑張れないタイプ。自分で自分をマインドコントロールしています(笑い)」
―エースになるには、まず結果が求められる。
「結果はもちろん、練習態度や姿勢も大切。まだ僕はチャラい(苦笑い)」
―主力投手だが、練習量は若手の比ではない。
「中学の時、野球が本当に大好きで試合に出たいのに、実力がなくて出られなかった。それでもプロ野球選手になりたい自分がいました。だから初心を忘れず、下を見て歩こうと。何苦楚(なにくそ)魂でやってます」
―中学で補欠、プロでも2軍を経験したが、今は世界一を目指している。
「今思うと恥ずかしいけど、一度、入団した時に巨人に入っただけで満足してしまった。テングになっていた時、母方のおばあちゃんが末期がんで余命半年、と言われたんです。おばあちゃんの助けを得て気づきました。それしか、方法がなかった。おばあちゃんがいなかったら、今の僕はないんです」
―生きているうちに雄姿を見せようと。
「2週間、遅かったんです(※)。悔やんでも悔やみきれない。もう悔しい思いはしたくないから、1日も無駄にしない。命を懸けて野球をやろうと思いました」
―その後は順調に成績を上げ、WBCの1次候補に入った。今年は長い1年になる。
「何が何でも(最終)メンバー入りして世界2連覇の手助けをしたい。ジャイアンツの看板を背負っていることを忘れないように。シーズンでは開幕投手。ホームの開幕は考えただけでビビっちゃうけど、ビビリだからたくさん練習するんです。長い1年にしたいですね。最後まで、日本一までいければ幸せです」
※祖母・晴子さんは04年5月5日に81歳で死去。内海は5月19日の横浜戦(横浜)に先発予定だった(試合は雨天中止)。
◆内海 哲也(うつみ・てつや)1982年4月29日、京都府生まれ。26歳。敦賀気比高から東京ガスを経て、03年に自由獲得枠で巨人入団。06年から3年連続2ケタ勝利、07年には初の開幕投手を務め、最多奪三振のタイトルを獲得。186センチ、84キロ。左投左打。
(2009年2月6日15時28分 スポーツ報知)
早く春にならないかなぁー
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